武者小路実篤 幸福者

幸福者 (新潮文庫 む 1-7)

幸福者 (新潮文庫 む 1-7)

 俺は志賀直哉の高尚な視点や生活感、精神性の反映された小説が凄く好きだ。たんなる善人ではなく、酷く人間臭い志賀直哉が好きだ。平然と浮気をし、それを堂々と奥さんに告白し(そこに迷いがあったにせよ……)、「もう浮気はしないで」という奥さんの問いに「努力する」と答える彼ほど人間っぽい人間はいない。だからこそ彼の日常がそのまま作品になる。

 今の自分自身を顧みる。すると、なるほど確かに悪い事もしてきた。ここでは書けないようなことをした。では、志賀直哉と同じかと言えば、そうではない。俺は自分の都合の悪いことは隠してきた。例えば、浮気をしたとするならば、バレない限り相手にそれを告白する事は無い。事実、こうしてこの場でも都合の悪い事をぼかしている。しかし志賀直哉は告白して、逆切れさえしている。ここが潔い。

 さて、そんな志賀直哉の友人武者小路実篤の作品を今回初めて読んだ。タイトルは『幸福者』。このブログに初めて書く感想なのだが、本の表紙がないあたりが切ない。結構可愛げのあるデザインとだけ言っておこう。
 『幸福者』とはどんな作品かと言えば、かなりシンプルに説明出来る。主人公の師がいかに高尚な人物かを淡々と説明したものになっている。弟子である主人公の視点からみて「師はこんなに凄い」というメッセージと師が弟子に言ったセリフが交互に列挙されたような作りだ。師のセリフというのは雰囲気的には論語*1の小説版という印象を受けた。
 ストーリーらしいものは特になく、いかに師が素晴らしき人だったかを書き続けているので、好き嫌いの別れる作品だと思う。最近の本を読んでる人が突然この作品に手を出すのは危険だと思うが、武者小路実篤が信じる理想像を直球で受け止められる作品という意味では興味深い。
 ただ、俺はまだそこまで悟りが開けていないから、この師が完璧であればあるほど、「確かに理想的だ。でも、みんながこうだったら果たして芸術は生まれたか?」という考えが浮かんでしまうんだな。

 彼の他の作品に期待したい。

*1:いわゆる「子曰く……(先生は言われた……)」から始まるありがたいお言葉の羅列