夏目漱石 草枕

草枕 (岩波文庫)

草枕 (岩波文庫)

 今まで夏目漱石の作品を特別好きになったことは無い。嫌いだというわけではないが、あえて「俺は夏目漱石が好きだ」と声高に叫ぶほどではない。その印象が大きく変わった。
 この小説を簡単に説明すると、画家である主人公が(おそらく普段の生活の俗っぽさに嫌気が差して)、俗っぽさから離れる為に旅に出る。その旅の途中、主人公なりに「芸術家とはこうあるべきだ」という意見を頭の中で展開する。
 主人公なりに考える、と書いたがこれはまさしく夏目漱石が考える芸術家のあるべき姿を、主人公を通して語らせているのだ。主人公は画家であるから『景色を見ながら、どうしたらこの景色が絵になるか』を考えたりする。何が足りないのか考える。これはきっと漱石が小説を書く際に考えていたことなのではないだろうか? ある出来事・事件があったときにあと何があれば自分の訴えたいことを的確に訴えられるか? そういう芸術家としての視点を強く感じられる。

 全体の文章は、とても詩的な文体であり、実際、この小説自体が詩であると言ってもいい。かといってストーリーがおろそかになっているかといえばそうではない。ちゃんと話としても筋があり面白い。

 余談だが、とあるPodcastの一つで小説の朗読をしているものがある。それで草枕を聞いたことがあるが、あれほど朗読が似合う小説はないだろう。ジョギングしながら聞いていたのだがあまりに面白くて走りすぎてしまったほどだ。普段本を読まない人は朗読で楽しんでみてもいいと思う。
 
 俺は旅に出ることが好きである点でのみ、この主人公と同じである。少しでもこの境地に近づきたいし、事実、この小説を読んでからは旅での視点が変わった。ふと見た景色を「あぁ、きれいだな」で終わらせず、もっと踏み込んで心に描き、その景色を取り巻く物語を考えるようになった。

 また読むときが必ずくる。そう思わずにはいられない。